事業を成長させるうえで、融資(借入)は有効な資金調達手段のひとつです。しかし、審査で重視されるのは「いくら借りたいか」ではなく、「返済できる根拠があるかどうか」です。その判断材料となるのが返済原資です。返済原資とは、借入金を返済するための実質的な資金の源泉を指します。単に売上が高いだけでは不十分で、利益構造や支出の内訳、手元に残る現金の流れまで整理されていなければ、金融機関は慎重な姿勢を取ります。
中小企業庁が公表している「中小企業白書(2023年版)」によれば、多くの中小企業が資金繰り不安を経営課題として挙げています。売上が回復しても、仕入増加や人件費上昇により資金が先行流出し、実際のキャッシュが不足するケースは少なくありません。こうした状況で安易に借入を行うと、返済負担が経営を圧迫するリスクが高まります。
特に創業間もない企業や成長途上の事業者は、将来の売上見込みを前提に融資を検討しがちです。しかし、金融機関が見るのは現時点での数字と再現性のある利益構造です。返済原資が明確であれば、融資の交渉はスムーズに進みやすくなります。一方で、数字の裏付けが曖昧な場合、条件が厳しくなったり、希望額に届かなかったりする可能性があります。
では、借入前に具体的に何を整えればよいのでしょうか。本記事では、返済原資を構成する重要な3つの数字、すなわち「粗利」「固定費」「手元資金」に焦点を当てます。それぞれの意味や算出方法、金融機関がどのように評価するのかを解説しながら、融資(借入)を有利に進めるための準備ポイントを整理します。
単なる会計知識の説明ではなく、実際の資金繰りや審査の現場を踏まえた実践的な視点でまとめています。借入を検討している方はもちろん、今後の事業拡大に備えて財務基盤を整えたい方にも役立つ内容です。数字を正しく理解し、返済原資を明確にすることが、安定した経営への第一歩になります。
返済原資の基本理解
返済原資とは何を指すのか
融資(借入)の審査において最も重視される概念のひとつが返済原資です。返済原資とは、借入金の元本や利息を支払うために継続的に確保できる資金の源泉を指します。一般的には営業活動によって得られる利益やキャッシュフローが中心となります。
金融機関は、損益計算書上の利益だけでなく、実際に現金がどれだけ残るかを確認します。例えば減価償却費は会計上の費用ですが、現金支出を伴わないため、返済原資の算定では加算されることが一般的です。こうした考え方は、金融実務で広く用いられているキャッシュフロー重視の評価手法に基づいています。
つまり、返済原資とは単なる黒字の有無ではなく、「実際に返済に充てられる資金がどれだけ安定的に生まれるか」という視点で捉える必要があります。
金融機関が見るポイント
金融機関は、返済原資を確認する際にいくつかの視点を持っています。第一に、利益の安定性です。単発的な大口受注による一時的な利益ではなく、継続性のある収益構造かどうかが重視されます。
第二に、既存の借入返済額とのバランスです。営業利益やキャッシュフローが、年間返済額を十分に上回っているかどうかが判断基準になります。一般的に、年間返済額に対して一定の余裕があることが望ましいとされていますが、具体的な基準は各金融機関の審査方針によって異なります。
第三に、資金繰り計画の妥当性です。数字の整合性や根拠が明確であれば、評価は高まりやすくなります。裏付けのない楽観的な予測は、かえって信用を損なう可能性があります。
借入前に確認すべき視点
借入前に重要なのは、希望額を先に決めることではなく、返済可能額から逆算することです。自社が毎月いくらまでなら無理なく返済できるのかを把握し、その範囲内で借入額や返済期間を設計する姿勢が求められます。
そのためには、粗利でどれだけ利益を生み出しているか、固定費がどの程度かかっているか、そして最終的に手元資金がどれだけ残るのかを明確にする必要があります。この3つの数字が整理されていない状態での融資(借入)は、将来の資金繰り悪化を招く可能性があります。
返済原資を正しく理解することは、単に審査対策にとどまりません。自社の経営体力を客観的に把握する作業でもあります。次章では、まず最初に確認すべき粗利について詳しく解説します。
粗利の正しい把握
売上と粗利の違いを理解する
売上が増えれば安心できると考えがちですが、実際に返済原資となるのは売上ではなく粗利です。粗利は売上高から売上原価を差し引いた利益であり、事業そのものが生み出す付加価値を示します。
例えば、売上が1,000万円あっても、仕入や外注費などの原価が900万円かかっていれば、粗利は100万円しか残りません。この100万円から固定費や借入返済を支払うことになります。したがって、売上規模よりも粗利率のほうが経営の安定性を測るうえで重要です。
中小企業庁の各種統計でも、業種ごとに平均的な売上高総利益率(粗利率)が示されています。自社の水準が業界平均と比較してどの位置にあるのかを把握することは、融資(借入)検討時の重要な材料になります。
粗利率が返済原資に与える影響
粗利率が高い企業は、売上が多少減少しても一定の利益を確保しやすい傾向があります。一方、粗利率が低い企業は、売上変動の影響を大きく受けます。その結果、返済原資が不安定になりやすいと判断される可能性があります。
金融機関は、決算書を通じて粗利率の推移を確認します。前年より改善しているのか、悪化しているのか、その理由は何かといった点が問われます。価格改定や原価管理の見直しなど、改善の取り組みが説明できれば、評価は前向きになると考えられます。
粗利を単なる結果として見るのではなく、戦略的に管理する姿勢が重要です。
粗利を改善するための実践視点
粗利改善の方法としては、販売単価の見直し、仕入コストの削減、付加価値サービスの追加などが挙げられます。ただし、価格を引き上げれば必ずしも利益が増えるわけではありません。市場環境や競争状況を踏まえた慎重な判断が求められます。
借入前には、直近数期の粗利推移を整理し、変動要因を説明できるようにしておくことが望ましいでしょう。返済原資の基盤となる粗利が安定していれば、融資(借入)の条件交渉も進めやすくなります。
粗利は事業の稼ぐ力を示す最初の指標です。次章では、その粗利から差し引かれる固定費について詳しく見ていきます。
固定費の構造を把握する
毎月必ず発生する支出の全体像
粗利が事業の稼ぐ力を示す指標であるのに対し、固定費はその稼ぐ力をどれだけ消費しているかを示す重要な数字です。固定費とは、売上の増減にかかわらず毎月一定額が発生する費用を指します。代表的なものとしては人件費、家賃、リース料、保険料、通信費などが挙げられます。
融資(借入)を検討する際、金融機関は固定費の水準とその妥当性を確認します。なぜなら、固定費が高止まりしている企業は、売上が一時的に減少しただけで赤字に転落しやすく、返済原資が不安定になりやすいからです。特に人件費は総務省の「労働力調査」などでも継続的に上昇傾向が示されており、固定費構造の見直しは多くの企業にとって現実的な課題となっています。
まずは月次試算表をもとに、固定費の総額と内訳を整理することが第一歩です。感覚的な把握ではなく、具体的な金額ベースで理解することが重要です。
損益分岐点から見る安全水準
固定費の影響を測るうえで有効なのが損益分岐点の考え方です。損益分岐点とは、利益がゼロになる売上高を指します。計算式は「固定費÷粗利率」で求められます。この売上を下回ると赤字となり、返済原資が確保できなくなります。
例えば、月間固定費が300万円、粗利率が40%であれば、損益分岐点売上は750万円となります。月間売上が750万円を安定的に上回っていれば一定の安全余裕がありますが、ぎりぎりの場合は資金繰りが不安定になる可能性があります。
金融機関は、この損益分岐点と実績売上を比較し、どの程度の余裕があるかを確認します。余裕が小さい場合、追加融資に慎重な判断がなされることもあります。返済原資を確実に確保するためには、固定費の適正水準を意識した経営が求められます。
固定費を見直す際の実務ポイント
固定費の削減は簡単ではありませんが、定期的な見直しは不可欠です。契約内容の再交渉や不要なサービスの解約、業務効率化による人件費の最適化など、できることから着手する姿勢が重要です。
ただし、単純なコストカットが必ずしも経営改善につながるとは限りません。成長投資として必要な固定費も存在します。そのため、削減すべき費用と維持・強化すべき費用を分けて考える視点が必要です。
借入前には、固定費の一覧と改善方針を整理し、説明できる状態にしておくことが望ましいでしょう。返済原資の裏付けが明確になれば、融資(借入)に対する説得力も高まります。
手元資金の重要性
利益と現金は一致しない現実
損益計算書で黒字であっても、資金繰りが厳しいという状況は珍しくありません。その理由は、利益と現金の動きが一致しないためです。売上が計上されても、入金までに時間差があれば、その間の支払いは自己資金で賄う必要があります。
返済原資を考えるうえで、手元資金の水準は極めて重要です。手元資金とは、現金および預金など、すぐに支払いに充てられる資金を指します。十分な手元資金があれば、突発的な支出や売上減少にも対応できます。
金融機関も、貸借対照表上の現預金残高を重視します。一定期間の固定費や返済額をカバーできる資金があるかどうかは、審査の重要な判断材料となります。
キャッシュフローの視点で考える
返済原資は、最終的にはキャッシュフローから生まれます。営業活動によるキャッシュフローが安定してプラスであることが理想です。減価償却費を加味した実質的な資金創出力を確認することが重要です。
例えば、営業利益が200万円で減価償却費が50万円であれば、単純計算では250万円が返済に充てられる余地となります。ただし、売掛金や在庫の増減によって実際の現金残高は変動します。したがって、損益だけでなく資金繰り表を作成し、月次ベースで確認することが望まれます。
中小企業庁も資金繰り管理の重要性を繰り返し指摘しており、計画的なキャッシュフロー管理が経営安定の鍵とされています。
手元資金の目安と備え方
一般的には、月間固定費の3〜6か月分の手元資金があると安心とされることがありますが、業種やビジネスモデルによって適正水準は異なります。公的に統一された基準は存在しません。
重要なのは、自社の資金流出パターンを把握し、どの程度の安全余裕が必要かを数値で示せることです。借入前には、現在の現預金残高と今後の資金計画を整理し、返済原資との関係を説明できる状態にしておきましょう。
手元資金の管理は、融資(借入)後の安定経営にも直結します。
三つの数字を統合して考える
単独ではなく全体で判断する視点
粗利、固定費、手元資金は、それぞれ単独で見るのではなく、相互関係の中で評価することが重要です。粗利が高くても固定費が過大であれば利益は残りません。利益が出ていても手元資金が不足していれば、返済は困難になります。
返済原資を明確にするためには、これら三つの数字を統合的に把握し、将来のシミュレーションを行うことが不可欠です。
返済可能額から逆算する設計
借入額を決める際は、毎月の返済可能額を算出し、そこから適正な借入規模を逆算する考え方が有効です。無理のない返済計画を立てることが、長期的な資金安定につながります。
金融機関との面談では、こうした根拠を明確に示せるかどうかが重要です。
数字を武器にした融資交渉
整理された数字は、経営者にとって強力な武器になります。感覚や希望ではなく、具体的なデータに基づく説明ができれば、信頼性は高まります。
借入はゴールではなく、経営戦略の一部です。返済原資を裏付ける三つの数字を整えることが、安定成長への土台となります。
まとめ
融資(借入)を成功させるためには、返済原資の明確化が欠かせません。粗利でどれだけ稼ぎ、固定費を差し引いた後にどの程度の利益が残り、さらに手元資金としてどれだけ現金が確保できているのか。この三つの数字を整理することで、経営の実力が客観的に見えてきます。
公的資料でも指摘されている通り、資金繰り管理は中小企業経営の重要課題です。借入前に自社の財務状況を正確に把握し、無理のない返済計画を設計することが、将来のリスクを抑える最善策といえます。
希望額から考えるのではなく、返済可能額から逆算する姿勢が重要です。数字を根拠にした説明ができれば、金融機関との信頼関係も築きやすくなります。
これから融資(借入)を検討する方は、まず直近の決算書や試算表を見直し、粗利・固定費・手元資金の三点を整理してみてください。その作業こそが、安定した資金調達と持続的な経営への第一歩になります。
