企業が資金繰りを改善するために利用するファクタリングは、売掛債権を譲渡して資金を早期化する有効な手段です。しかし、取引先との契約書に「債権譲渡を禁止する特約」がある場合、ファクタリングを利用できないのではと不安に感じる経営者も多いでしょう。実際、以前の民法ではこの特約が強く保護され、譲渡自体が無効とされるケースも少なくありませんでした。
ところが2020年の民法改正により、このルールが大きく変わりました。新しい民法では、債権譲渡禁止特約がある場合でも、一定の条件を満たせばファクタリング会社への債権譲渡が有効とされます。これにより、企業の資金調達手段としてのファクタリングがより柔軟に活用できるようになりました。
この記事では、改正前後の法制度の違いを整理しながら、ファクタリングを利用するうえで注意すべき実務上のポイントや、トラブルを防ぐための安全な契約方法について解説します。法改正の背景や条文の意図を踏まえつつ、専門知識がなくても理解できるように丁寧に説明します。
1. 民法改正で変わった「債権譲渡禁止特約」の扱い
改正の背景にある資金調達の課題
中小企業庁の調査(2020年版中小企業白書)によれば、資金繰りの悩みを抱える企業の約4割が「売掛金の回収遅延や支払い条件の長期化」を課題として挙げています。こうした状況の中で、債権を譲渡して資金を早期化するファクタリングが注目されましたが、取引契約書に「債権譲渡禁止特約」が記載されていると、法的に譲渡が認められないという問題がありました。
改正民法466条の新ルール
2020年4月施行の民法改正により、債権譲渡禁止特約の効力が見直され、譲渡自体は「有効」とされました。民法466条2項では、譲渡禁止特約があっても、債権を譲渡すること自体は有効であり、ただし債務者が譲受人に対して一定の抗弁を主張できると規定されています。これにより、譲渡そのものが無効とされる従来のルールが改められ、ファクタリング利用の障壁が大幅に緩和されました。
実務への影響と今後の方向性
この改正により、企業は債権譲渡禁止特約が付されている取引先の売掛金であっても、原則としてファクタリングを活用できるようになりました。ただし、債務者(取引先)に不利益が生じる場合や、特定の業種・契約形態では例外があるため、実際の運用では契約書の確認が不可欠です。安全に活用するためには、専門家や法務部門と連携しながら、改正民法の趣旨を踏まえた契約対応を行うことが重要です。
2. 改正前のルールと実務上の課題
旧民法下における債権譲渡禁止の扱い
2020年改正前の旧民法では、債権譲渡禁止特約が存在する場合、その債権を第三者に譲渡すること自体が無効とされていました。これは「契約の自由」の原則に基づき、債権者と債務者が合意した特約を重視する考え方です。そのため、取引先が譲渡を禁止している場合、ファクタリング会社に売掛金を譲渡しても、法的には効力を持たないという問題が発生していました。
実務上の支障と企業側のリスク
この旧ルールの下では、企業が資金繰りを改善しようとしても、取引先が「債権譲渡禁止条項」を設けているだけでファクタリングの利用が制限されることが多くありました。結果として、資金調達の自由度が低下し、中小企業ほど影響を受けやすい状況が生まれていました。また、譲渡が無効と判断されると、ファクタリング会社との契約違反となり、法的トラブルに発展するリスクもありました。
改正前に見られた実務的な対処法
一部の企業では、売掛債権を譲渡する代わりに「債権担保」や「代位弁済」などの形で資金を受け取るなど、実質的にファクタリングに近い取引が行われていました。しかし、これらは法律的なグレーゾーンであり、取引先や金融機関からの理解を得にくい面もありました。結果的に、資金調達を円滑に行う仕組みづくりが求められていたのです。
3. 改正後に認められる債権譲渡の条件
新民法466条の考え方
改正民法では、債権譲渡禁止特約がある場合でも、譲渡そのものを無効とせず、譲渡は「有効」としました。つまり、取引先が禁止していても、法的には債権譲渡が可能になります。ただし、債務者が不利益を受ける場合には、譲渡を受けた側(ファクタリング会社など)に対して、一定の抗弁を主張できるという仕組みが導入されました。
譲渡の有効性が認められる具体的な条件
譲渡が有効とされるためには、以下の条件を満たす必要があります。
- 債権自体が譲渡可能な性質を持っていること(例:売掛金、請負代金など)
- 債権譲渡が公序良俗に反しないこと
- 債務者に対し、譲渡通知または承諾が適切に行われていること
これらの条件が整えば、たとえ契約書に譲渡禁止特約があっても、譲渡は法的に有効です。
実務で注意すべき「抗弁権」との関係
債務者は、債権譲渡禁止特約を理由に「譲渡先に対して支払いを拒否する」ことが一定条件で認められています。これを「抗弁権」と呼びます。つまり、譲渡自体は有効でも、債務者が支払義務を免れる場合があるため、実務上はファクタリング会社がこのリスクを考慮した契約形態(例:通知型・二者間契約型)を採用しています。
4. ファクタリング利用時に注意すべき契約上のリスク
債務者通知のタイミングと法的効果
ファクタリングを行う際には、債務者(取引先)に対して「債権を譲渡しました」という通知を行う必要があります。この通知が法的に重要で、通知を怠ると支払いが譲渡前の債権者に行われるリスクがあります。特に二者間ファクタリングでは通知を行わないケースが多いため、債務者が支払済みと主張すると回収が難しくなる場合もあります。
不正ファクタリングとの見分け方
2023年以降、金融庁や消費者庁は「偽装ファクタリング」への注意喚起を強化しています。これは、実態が貸付であるにもかかわらず、形式的に債権譲渡を装うケースです。こうした業者を利用すると、違法金利の適用や債権トラブルに発展するおそれがあるため、契約時には「譲渡通知の方法」「手数料率」「契約書の法的整合性」を必ず確認することが重要です。
契約前に確認すべき安全ポイント
- 契約書に「債権譲渡通知の手続き」が明記されているか
- 取引先への通知を行うかどうかを明確にしているか
- 手数料率が業界平均(2〜20%程度)から極端に外れていないか
- 会社情報(法人番号・所在地・代表者名)が公的機関で確認できるか
これらを確認することで、トラブルを未然に防ぎ、安全な資金調達を実現できます。
5. 取引先に通知が必要となるケース
通知の有無で変わる法的効果
ファクタリング契約を締結しただけでは、譲渡の効力は第三者に対して主張できません。民法467条では、債務者への「通知」または「承諾」がなければ、譲渡の効力が第三者に及ばないと定めています。したがって、債務者に通知を行うことで、譲渡が確定的に成立し、第三者(他の債権者など)より優先的な地位を得られることになります。
通知が必要な典型的な場面
通知が必要になるのは、以下のような場合です。
- 債務者が複数の債権譲渡の対象となる恐れがある場合
- 売掛債権の譲渡を債務者が知らないと支払いを誤る可能性がある場合
- 銀行や他社ファクタリング会社が同じ債権を担保に取るケース
このような状況では、譲渡通知がなければ法的優先権が失われる可能性があります。
通知の方法と実務上の注意点
通知の方法には「内容証明郵便」や「電子債権記録機関への登録」などがあります。特に後者は、電子記録債権法に基づき、債権譲渡の安全性を高める手段として金融機関でも活用されています。電子記録債権を利用することで、譲渡禁止特約の影響を受けにくくし、第三者への対抗力も確実にすることができます。
6. 例外的に譲渡が制限される債権とは
一定の債権には特別な保護がある
民法改正後も、すべての債権が自由に譲渡できるわけではありません。たとえば、労働基準法第24条に基づく「賃金債権」や、生活保護法に基づく「保護費」など、個人の生活維持を目的とする債権は譲渡禁止が維持されています。また、保険契約の保険金請求権や年金受給権も、特別法で譲渡制限が設けられています。
公共性の高い契約での制約
公共工事や医療機関との契約に基づく請求権など、公共性の高い債権には、契約相手の承諾がなければ譲渡できないケースがあります。特に地方自治体や官公庁の契約では、債権譲渡に関する条項が厳格に設定されているため、事前に仕様書や契約条件を確認することが欠かせません。
ファクタリング利用時の実務的な判断ポイント
企業がファクタリングを利用する際は、自社の売掛先や契約内容がこれらの「譲渡制限債権」に該当しないかをチェックする必要があります。とくに医療・介護・建設業界では、制度上の制約が多く、行政の承認を要する場合もあるため、専門家や取引実績のあるファクタリング会社に相談することが望ましいとされています。
7. 銀行・ノンバンクによるファクタリングとの違い
銀行系ファクタリングの特徴
銀行系のファクタリングは、与信審査が厳格でありながら、手数料率が低く設定される傾向があります。主に大企業や安定取引を行う法人向けに提供され、譲渡禁止特約の有無についても契約書レベルで慎重に確認されます。銀行が債権譲渡を認める場合は、通常「通知型ファクタリング」となり、債務者に対して正式な譲渡通知が行われます。
ノンバンク型ファクタリングの柔軟性
一方、ノンバンク系や専門事業者によるファクタリングは、資金調達までのスピードを重視する傾向があります。特に二者間ファクタリングでは、取引先に通知を行わない「非通知型」が選ばれるケースも多く、債権譲渡禁止特約の存在下でも実務的な運用が可能です。ただし、法的リスクを避けるため、契約書における「譲渡の有効性確認」条項が重視されます。
適切なファクタリング会社の選び方
2024年時点では、金融庁の登録や業界団体への加盟が信頼性の目安とされています。日本ファクタリング業協会などに加盟する業者であれば、法改正を踏まえた適切な契約運用が行われている場合が多く、債権譲渡禁止特約に関する実務対応も整っています。契約前には必ず公式サイトで登録情報を確認することが推奨されます。
8. 債権譲渡禁止特約をめぐるトラブル事例
よくある誤解と法的リスク
民法改正によって譲渡禁止特約があっても譲渡自体は有効になりましたが、実務ではまだ多くの誤解があります。特に「禁止特約があるからファクタリングは絶対にできない」と思い込む企業が多く、結果として本来活用できた資金調達の機会を逃してしまうケースが見られます。一方で、譲渡が有効だからといって通知や契約確認を怠ると、取引先との信頼関係を損ねるおそれもあります。
実際に発生したトラブルの傾向
中小企業庁や金融ADRセンターの報告によれば、2021年以降、債権譲渡に関する相談の多くは「譲渡後の支払い先が不明」「譲渡の承認をめぐる対立」「通知をめぐるトラブル」といった内容が中心です。特に二者間ファクタリングでは、取引先が譲渡を知らないまま支払いを済ませてしまうケースがあり、その結果、二重払いのリスクが発生します。
トラブルを防ぐための実務対応
こうした問題を防ぐためには、譲渡契約時に「債権の特定性」「通知の方法」「債務者の対応方針」を明文化することが欠かせません。また、契約書に「譲渡禁止特約があっても有効である」旨を明示する条文を盛り込み、法改正の根拠条文(民法466条)を引用しておくことも実務上有効とされています。信頼できるファクタリング会社では、これらを標準契約書に反映していることが多いです。
9. 安全に契約を進めるためのチェックポイント
契約段階での基本確認項目
債権譲渡禁止特約がある取引先との契約をファクタリングに利用する場合、以下の3点を確認しておくことが重要です。
- 契約書に譲渡禁止特約が明記されているか
- 債権譲渡が特定の方法で制限されていないか
- 債務者に通知を行う際の手続きが定められているか
これらを事前にチェックすることで、契約無効や紛争リスクを大幅に軽減できます。
ファクタリング会社との交渉ポイント
信頼性の高い会社ほど、契約前に法務チェックを行い、譲渡禁止特約がある場合の対応方針を明確にしています。たとえば「取引先の承諾が得られない場合の対応」や「譲渡後の請求・回収責任の範囲」などを契約書で確認しましょう。口頭説明のみで契約を進める業者は避けるべきです。
法務・会計の専門家と連携する意義
特に売掛債権の金額が大きい場合や、複数取引先を対象とする場合は、弁護士や会計士と連携しながら進めることが推奨されます。専門家を介することで、譲渡禁止特約の有効性や契約リスクを法的に検証でき、トラブル防止につながります。中小企業支援機関や商工会議所でも無料相談が可能です。
10. 改正民法を踏まえた今後のファクタリング活用戦略
改正の意義と企業への影響
民法改正によって、債権譲渡禁止特約があっても譲渡が有効となったことは、企業の資金調達環境を大きく変える転換点となりました。従来のように取引先の承諾を得る必要がなくなり、資金繰りの柔軟性が高まった点は中小企業にとって大きな利点です。
今後求められるガバナンス対応
一方で、法改正により企業間取引の透明性も求められるようになりました。債権譲渡が容易になった分、内部管理体制の強化が必要です。たとえば、取引先への通知履歴の管理、譲渡債権の重複防止、契約書類の電子保管などを徹底することが、法的安全性を確保する鍵になります。
これからのファクタリングの方向性
デジタル化が進むなか、電子記録債権を活用した「デジタルファクタリング」が急速に普及しています。これにより、譲渡禁止特約の影響を受けにくい形での債権流通が可能になり、資金調達のスピードも向上しています。今後は、法制度とテクノロジーを両立させた「安全で透明なファクタリング」が主流になると考えられます。
エピローグ
債権譲渡禁止特約の民法改正は、単なる法律の変更にとどまらず、日本企業の資金調達のあり方そのものを変える重要な改革でした。特約があっても譲渡が有効となったことで、ファクタリングはこれまで以上に多くの企業にとって現実的な選択肢となりました。一方で、譲渡の有効性や通知義務を軽視すると、思わぬトラブルに発展することもあります。
法改正の趣旨を正しく理解し、契約書の内容を確認したうえで、安全に資金調達を行うことが何より重要です。専門家や信頼できるファクタリング会社と協力しながら、自社のキャッシュフローを安定化させる仕組みを整えることで、持続的な経営の基盤を築くことができるでしょう。

